2010年04月05日
さくら
昔、父の仕事の関係で東京から岐阜に引越しをしたことがある。当事小学校三年生に上がる私は、生まれてはじめての転校を経験することとなった。それまでの東京の学校が楽しかったというわけでも、多くない友達との別れが悲しいであるなどの理由よりも、知らない土地に行って生活をするという、目に見えない不安感に心の中が埋め尽くされ、黒い塊になって子供の私に覆いかぶさってきた記憶がある。おそらく母や父が不安を少なくするような言動をしていてくれたのであろうが、あまり記憶に無くただつぶされそうな日々が続いていた。東京を出る日は、四月にもかかわらず、真冬並みの気温で、凍えるからだがいっそう不安を募らせる中、見知った街を後にした。

開業間もない新幹線や名古屋の私鉄を乗り継ぎ、岐阜県内の街に到着した。私の見知った街とは明らかに違う、空間の多い景色や土の色。青空の色さえ違って見えた。不安がいっぱいの子供心に、本来喜ばしいはずの空き地という遊び場だらけの駅前は悲しく感じた。ただ、東京と違いこの日の東海地方は暖かく春らしい日であったことが救われた。そこからタクシーに乗り30分ほど走ったところに、父の勤め先が用意した住宅があった。向かう車中不安による睡眠不足と暖かさが重なりすっかり寝込んでしまった私は、着いた、という母の声に眼を覚ますと、目の前が見事な桜並木であった。満開であった。国内を数時間移動しただけで天候や咲いている花の様子がこんなにも変わることを知らなかった子供の私に、目前の桜の花が何かを教えてくれたような気がした。これから知らない学校に行き初めての先生や友達と会うこと、知らない土地の暮らしになじむことなどの不安が、ここも東京と同じ桜が咲く土地であることを知り、少し不安が消えた、と同時に私の中で一生一番の桜となった。住まい近くの玉川上水の桜も満開になった。二十余年同じ場所で桜を見られるのも、私には初めての経験である。
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開業間もない新幹線や名古屋の私鉄を乗り継ぎ、岐阜県内の街に到着した。私の見知った街とは明らかに違う、空間の多い景色や土の色。青空の色さえ違って見えた。不安がいっぱいの子供心に、本来喜ばしいはずの空き地という遊び場だらけの駅前は悲しく感じた。ただ、東京と違いこの日の東海地方は暖かく春らしい日であったことが救われた。そこからタクシーに乗り30分ほど走ったところに、父の勤め先が用意した住宅があった。向かう車中不安による睡眠不足と暖かさが重なりすっかり寝込んでしまった私は、着いた、という母の声に眼を覚ますと、目の前が見事な桜並木であった。満開であった。国内を数時間移動しただけで天候や咲いている花の様子がこんなにも変わることを知らなかった子供の私に、目前の桜の花が何かを教えてくれたような気がした。これから知らない学校に行き初めての先生や友達と会うこと、知らない土地の暮らしになじむことなどの不安が、ここも東京と同じ桜が咲く土地であることを知り、少し不安が消えた、と同時に私の中で一生一番の桜となった。住まい近くの玉川上水の桜も満開になった。二十余年同じ場所で桜を見られるのも、私には初めての経験である。
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